2009年3月18日
松代藩家老の位牌を発見 長野の西光寺で子孫ら喜び
松代藩家老の小山田平太夫茂敬の位牌と、見つけた竹沢俊雄住職
長野市北石堂町のかるかや山西光寺で、江戸時代に善光寺本堂再建に貢献した松代藩家老、小山田平太夫茂敬(おやまだへいだゆうしげたか)の位牌(いはい)が見つかった。29日の御開帳回向柱奉納行列の出発前に、子孫を含む松代町の回向柱寄進建立会幹部が同寺にある茂敬の墓を参る計画。御開帳を機にした発見に寺住職、子孫らが喜んでいる。
茂敬は、1707(宝永4)年に建立した現在の善光寺本堂の再建事業で、松代藩から全体を取り仕切る「惣奉行」に任命され、人足など440人を指揮したと知られる。西光寺には、建立する間の7、8年を同寺で過ごしたと伝わっている。
墓参を前に、西光寺の竹沢俊雄住職(77)が13日に同寺本堂裏の位牌置き場を整理したところ、100基余の中から茂敬の位牌を見つけた。これまでも整理したことはあったが、分からなかったという。
位牌は高さ60センチ余、上部に菊とみられる紋があり、表には「自覚院真叟了天居士」との戒名と、建立20年後の「享保12年11月10日」との日付が書かれている。竹沢住職は「菊の紋が使用できたということは、再建の業績が大きく評価されたのではないか」と推測する。
茂敬の子孫の医師小山田恒雄さん(77)=松代町松代=は回向柱寄進建立会の顧問。29日は、回向柱の法要に際して、同会幹部とともに墓参に同行する予定だ。寺は位牌を墓前に備える。恒雄さんは「西光寺と松代は善光寺本堂を通じて、やはり並々ならぬご縁がある」と話している。
竹沢住職は「御開帳を機に、善光寺周辺はもちろん松代など市南部の人たちも、長い善光寺の歴史を培ってきたそれぞれの先祖に思いをはせてほしい」と願っている。
(提供:信濃毎日新聞)
